失われた30年的なものを求めて

重要な資料制作があったのでここ2〜3週間そのことで頭がいっぱいだった。昨日とりあえず提出したので若干落ち着いたけど。明日からもやることいっぱいあるけど。

そうはいってもGWは本くらい読みたいと思ってAmazonで探したら、昔読んでいた村上龍の「全ての男は消耗品である」がKindle Unlimitedで無料になっていたので読み直すことにした。

僕は20代の前半、社会的には何もしてないころ、村上龍が好きな時期があった。『半島を出よ』とか『タナトス』とか『歌うクジラ』とかエッセイが好きだった。今思えばその頃は社会に不満があって、まったく何をやればいいのかわからなかった。そういう人と相性がいいのだと思う。
この電子書籍では1984年8月~2013年9月の30年間分のエッセイが一つになっていてなかなか壮観だ。

ざっくり読み直してみて、この人は良くもこんなに長きに渡って主張を続けているのだなと驚いた。恋愛、音楽、経済、政治など話題は多岐にわたるのだけど、全てに独特な視点があって、しかも基本的に主張は一貫している。これだけはっきりと主張をしているのに、30年前の主張と今の主張を一冊にまとめることができるというのはそれだけですごいことだ。色々と面白いのだけど、以下はそのなかで特に印象に残った文章の引用。

IT革命も同じだ。ITの進歩によって、インターネット機能を持つ家電製品が開発されたり、双方向のデジタル放送が開始されたり、と言うようなバラ色の未来を暗示するようなことだけをマスメディアは伝えようとする。
 マスメディアが間違っていると言うわけではなくて、今のところ、日本のマスメディアにはそういう伝え方しか考えられないのだ。他の伝え方があるかもしれないと言うことをおそらく考えたこともないだろう。
 現在の日本のマスメディアには、日本人の中で利害が衝突すると言う事実を伝える文脈がない。IT革命と言うのは日本の造語だが、とりあえずそういったものがこれから起こるとして、その恩恵が日本人全体に行き渡ると言う事はない。
2001年4月「勝ち組と負け組という嘘」より

日本経済と言う大きなくくりで言うと、本当はそんなものどうでもいいのだ。
だが日本経済の行く末に危機感を持ったところで、ほとんどの日本人は日本経済という巨大な問題をどうすることもできない。
テレビの経済番組などでは、例えば日本の国際競争力の低下が問題にされることがあるが、どうしてそんなことが取り上げられるのだろうか。日本の国際競争力が低下しても、自分の能力、あるいは自分の会社の生産性の国際競争力が上昇すればそれでいいはずなのに、問題になるのは「日本の」国際競争力なのだ。
2002年10月「日本経済なんかどうでもいいという態度」より

 

村上龍は日本のメディアが日本人同士のなかで起こる格差を報じる文脈を持たないことを度々指摘してきた。2017年になった現在でもその問題はまるで変わっていないように感じる。

僕たちの界隈で言うと、「IoTで日本のものづくりはどう変わるのか」「AIで日本企業は再生するのか」といった文脈の話は本当によく見る気がする。確かに日本にはものづくりで抜きん出た技術を持った企業があるのでその人達がIoTやAIを活用すれば莫大な利益を稼げるかもしれない。でも、仮にものづくりで抜きん出た技術を持った企業がIoTやAI技術を駆使して利益を上げたとしても、それはある企業が飛躍的に利益を伸ばすというだけの話で、日本国民全体がそれを真似できるわけではないし、日本国民全体の雇用を増やすことにもならない。逆に自動化が進むことによって雇用が減ったり、場合によってはその会社の従業員が減ることもありえる。別に悲観的な話をしたいわけではなくて、単純に主語を「日本」にすることがフェアじゃないという話。

以前一度だけ中国の経済誌からインタビューを受けたことがあるのだけど、最初にABBALab.に投資を受けた時のバリュエーションはいくらで何円投資されたのかとか、Orpheの開発にかかった初期費はいくらで原価はいくらだとか、中国の経済界に知られることがこっちの得になると全く思えない直球の質問をバンバンされて驚いたことがある。それだけならただのグイグイ来るインタビュアーなんだけど、彼女はなんと僕が個人的にYouTubeにアップしてる楽曲も一通り聴いてきていて、私はajisaiという曲が一番好きでしたとか、この歌の歌詞は何を意味していますかとか、私はあなたの以前の音楽活動がこういうふうにOrpheにつながっていると思ったんですけどあってますかとか、僕個人に関する質問もかなり深いレベルでしてきた。ずいぶん僕のこと調べてるんですねと驚くと、インタビューするんだから当然でしょ、と応えられた。そこまでされると込み入った質問をされても不躾という印象は全くなくて、この人は本気で調べて、読者に何かを伝えようとしてるのだと感じる。

正直なところ日本のインタビューではそういう経験はない。製品の概要説明してもらえますかって言われて、「なんでこういうものをつくろうと思ったんですか」って聞かれて、「つくる上で一番苦労したのはどこですか」って聞かれて、最後「日本のものづくり産業はどうなっていくと思いますか?」的な漠然とした質問をされて終わり、的なケースは悲しいけど多い。僕自身も立場上リスキーな発言は避けるので、大体同じような記事になってしまう(ダメだ…)。

要するに日本のメディアはインタビュー相手にも読者にも忖度しているのだと思う。相手が応えることにリスクがある質問は最初からしないし、読者が受け入れづらい内容は掲載しない。ある意味では誰も傷つかなくて済む優しいやり方だ。でもこの忖度はメディアの一種の病気なので、徐々にメディアの価値そのものを奪ってしまう。茂木健一郎さんが今のお笑いに切れるのもわからなくはないのだ。。。

流れで書いてしまったけど僕はメディア批判をしたいわけではない。数十年たってもこういうことは変わらないんだねという話と、とりあえず自分はできるだけフェアな言い方をするように心がけようという話。

 

しかし、コーネリアスがこんなギターソロを弾くとはねえ…

テレキャス弾きたくなった。

 

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